graduate -卒業- (前編)
世の中には「三つ巴」という状況がしばしば生まれるが、人が人生で最初に経験する「三つ巴」はじゃんけんだろう。
石と、ハサミと、紙。石はハサミに強く、ハサミは紙に強く、紙は石に強い。至極単純な構図であるが、この世界で最もパワーバランスの取れたゲームと言えるだろう。文化の違いで、それはゾウ、ヒト、アリであったりするが、三つ巴という構図は古今東西愛され続けている。
さて、男の三欲という言葉が存在する。金、酒、そして女だ。金で酒が買えるので金は酒に強く、金で女は買えるので金は女に強い。
人生はゲームじゃない。パワーバランスなんてあったものではなく、時としてこのような理不尽で不平等な構図が生まれる。
「じゃあ女と酒はどっちが強いの?」
これは僕の友人Iの言葉だ。そうだな。女が酒を飲んでる姿は数えるほどしか見たことないが、きっと酒の方が強いのではないだろうか。考えたこともなかった。
いや、そうではなくて。
少なくとも僕が20年と少しだけ生きた結果、「金」の絡んだじゃんけんで、金に勝てる手は見たことがない。形あるものは金に勝てない。引き分けるが関の山。金に勝てる手があるとすれば、それは「信用」などの、概念を持ち出すしかないだろう。
そんなことを考えながら、通勤ラッシュ帯の電車に乗っていた。「師匠も走り出す」12月のはじめの日。僕が師匠と呼べそうな人間は年中タコみたいに踊り騒ぎながら走り回っている気もするが。
眠い眼をこすりながら朝早くから出かけたのは、通勤でも通学でもなく、風呂に入るためであった。
そう、この日僕は、生まれてはじめて金で女をしばく決意をしたのだった。
おはよう、朝から通勤ご苦労だね。僕はこれから風俗だけど、君は?
電車の全人類に心の中でマウントをとりながら、僕は川崎へ向かったのだった。
(後編につづく)